看護師の離職率は一般的に高い傾…
看護師は保険に入るべき?看護職賠償責任保険の加入率から補償内容まで
公開日:2023/3/28
最終更新日:2023/3/28
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看護師個人で法的責任を問われる医療訴訟が増え、保険に入るべきか迷っているという方も多いでしょう。ナース専科の調査では、看護師の2人に1人が保険に加入していることがわかっています。今回の記事では「看護職賠償責任保険」の補償内容や加入するべき理由を解説します。
目次
看護師が看護職賠償責任保険に加入するべき理由
看護師が保険に加入するべき理由は、大きく2つあります。多くの看護師が働く医療現場は、医療事故や感染症の罹患リスクの高い環境にあるためです。近年では、医療事故などによって病院や医師だけでなく看護師個人が訴えられるケースも増えています。
そういった万が一の事態に、損害賠償責任の一部を負担してもらえる保険制度が日本看護協会会員を対象とした「看護職賠償責任保険」です。最近では「看護職賠償責任保険」以外にも、個人で加入できる民間サービスも多く展開されています。保険に加入すべき理由と加入率について解説します。
理由1:看護師個人の医療ミスにより訴訟される
看護師は、患者さんの身体に直接触れた看護ケアや医療処置を行います。そのため、患者さんに怪我をさせてしまうことや、疾患を悪化させてしまう可能性もゼロではありません。
重大な医療ミスを引き起こすリスクを抱える業務のため、病院が組織としての責任を負うだけでなく、看護師個人が責任を問われるケースもあります。
訴訟の当事者となり多額の賠償金を請求されることになった場合、内容によっては数千万円もの支払いが発生する可能性もありますが、保険への加入で自己負担を大幅に抑えることができます。
理由2:感染症の流行により看護師自身が被感染者となるリスク
感染症の流行時期においては、多くの患者さんと関わる看護師自身も感染症に罹患するリスクがあります。仕事中やプライベートに関係なく、感染症によって自宅待機や入院となった場合に業務を遂行できなかった期間の給与減額分や治療費を負担する民間保険もあります(※日本看護協会員を対象とした「看護職賠償責任保険」は対象外)。新型コロナウイルス感染症やインフルエンザ、感染性胃腸炎など、幅広い感染症に適用されます。
看護職賠償責任保険の加入率
ナース専科の調査によると、看護師の2人に1人が保険に加入していることが明らかになっています。
また、現在加入している保険の決め手は補償内容と掛金(保険料)がほとんどを占めていました。なかでも最も重視している補償については、約8割が「対人賠償」と回答しています。
ナース専科の「看護師賠償責任保険」については、下記を参考にしてください。
看護職賠償責任保険の補償内容
看護協会が提供する「看護職賠償責任保険」の補償内容について、詳しく解説します。
看護職賠償責任保険とは?
看護職賠償責任保険とは前述の通り、看護師が業務に従事するうえで起こりうる様々なリスクである看護師個人の賠償責任の一端をフォローしてくれる存在です。一例として年間の掛金が2,650円程で以下のような補償を受けられます。
- 対人賠償
- 対物賠償
- 人格権侵害
- 法律相談費用
- 弁護士相談費用
看護職として法律上の損害賠償責任が生じた場合に被害者に対して支払う費用だけでなく、自身が弁護士等の専門家へ相談する場合の費用も補償の対象となります。それぞれの補償について解説します。
対人賠償
対人賠償とは、看護師のミスで患者さんに怪我などを負わせてしまった場合に発生する治療費や入院費、慰謝料、休業補償に適用されます。数万〜数千万円の補償を受けられます。
【事例】
・看護師の採血ミスで患者さんに神経損傷を与えてしまった
・歩行訓練中の患者さんにぶつかり転倒、怪我をさせてしまった
対物賠償
対物賠償とは、看護師が患者さんの私物や病院の機材を破損・紛失した場合に発生する被害財物の修理費、再購入費用、鍵交換費用に適用されます。看護師本人の紛失だけでなく、盗難にあった場合も補償の対象となります。数万〜100万円ほどの補償を受けられます。
【事例】
・環境整備の際に患者さんの私物と気づかず他のゴミと一緒に破棄した
・ナースステーションのノートパソコンを落として破損させた
・薬品棚の鍵を紛失した
人格権侵害
人格権侵害とは、誹謗中傷されたと患者さんに訴えられた場合に発生する「他人の自由、名誉またはプライバシーの侵害に起因する賠償費用(秘密漏えい含む)」に適用されます。およそ数万〜数千万円の賠償金が発生します。
【事例】
・患者さんとの会話のなかで言葉の行き違いにより「看護師に侮辱された」と訴えられた
・患者さんの個人情報を含む話を他者に聞こえる可能性のある場所で話して「プライバシーの侵害」と訴えられた
法律相談費用
法律相談費用とは、看護師側が患者さんからの暴言や暴力などを受けた場合に弁護士へ相談する場合の費用に適用されます。受けられる補償金額はおよそ10万円前後です。
【事例】
・処置中、腕に噛みつかれ怪我を負った
・訪室するごとに暴言を吐かれた
弁護士相談費用
弁護士相談費用とは、上記のような患者さんからのハラスメントを受けて弁護士に相談したあと、法的対応を弁護士に依頼した場合にかかる費用です。着手金や報奨金、日当、手数料、法律相談料などの費用に対し、100万円前後の補償を受けられます。
看護職賠償責任保険の適用事例と適用外の事例
看護職賠償責任保険には、補償の適用となる場合と適用外となる場合があります。医療行為や看護ケアによって患者さんへ後遺症を負わせた場合に適用となるケースがほとんどですが、その行為が故意であると認められた場合には適用外となります。
看護職賠償責任保険の適用事例
以下は保険適用となる一例です。
適用事例1:薬の誤投与や介助中に怪我をさせた
- 患者さんの名前を確認せずに投薬し後遺症を負わせた
- 点滴針を留置する際に神経損傷をさせた
- おむつ交換の際に術後の股関節を脱臼させた
医療行為や看護ケアにより、意図せず患者さんに後遺症を負わせてしまい損害賠償を請求された場合には「対人賠償」が適用されます。こうした事故は患者さんの今後の生活や生命活動に重大な影響を及ぼす可能性があるため、高額な損害賠償を請求されるケースもあります。
適用事例2:患者さんの持ち物を破損した
- 処置中にベッド上のメガネを落とし、踏んで割ってしまった
- スマホの充電コードに引っかかり床に落として画面を破損させた
- 義歯洗浄中に誤って廃棄してしまった
患者さんには入院前に破損や紛失のリスクを説明し、できるだけ貴重品を持ち込まないように伝えます。しかし、眼鏡など持ち込みが必要な私物もあります。
保険が適用される事例であっても、お金に代えがたい思い出があるなど弁償が不可能なものである可能性もあります。できるだけこういった事態を回避できるようリスクマネジメントを心がけることが大切です。
適用事例3:患者さんとの会話で名誉を傷つけられたと訴えられた
- カンファレンスの声が患者さんに聞こえ誤った捉え方をされた
- 大部屋内で病状について話し秘密漏洩と訴えられた
- 患者さんとの会話のなかで悪口のように捉えられた
病状や今後の治療など個人情報に関する話は別室で行うのが通常ですが、ケアをしながら話すような場合も多いでしょう。個人情報の取り扱いには十分な配慮が必要です。
適用事例4:患者さんからの暴言や暴力で弁護士に相談した
- 「お前みたいな看護師は役に立たない!」といった言葉を浴びせられる
- 拳を振り上げ、看護師を殴ろうとする行為を繰り返す
- ベッドから看護師に向かって物を投げつける
患者さんから上記のような暴言や暴力を受けた場合、隠す必要はありません。上司への相談で組織として解決に動いてもらえることもありますが、同時に保険を利用して弁護士に相談することも可能です。保険の内容によっては弁護士への相談費用を負担してもらえる場合もあるため、自分だけで抱えず相談してみましょう。
看護職賠償責任保険の適用外の事例
以下は、保険適用外となる一例です。
適用外事例1:事故が故意によるものと判断された
- 医師の指示にない薬を与薬し患者さんの血圧が著しく低下した
- 業務上の規則やルールを無視して行動し患者さんに損害を与えた
- 他の患者さんと比べるような発言をして名誉を傷つけた
看護師は、医師や医療チームの指示のもとで、患者さんの健康維持・回復を支援することが基本的な役割です。診療の「補助」「介助」が主な役割であり、看護師が自己判断で医師の指示にない薬を投薬するようなことは法律行為に反します。こうした看護師の法的ルールや病院の業務規則を正しく理解して業務にあたりましょう。
適用外事例2:破損した患者さんの私物が他者のものだった
- ベッド上の私物を落として破損したが見舞い者の忘れ物だった
- 患者さんが入院前に友人から借りて持参した電波時計を破損した
破損した私物が患者さんの持ち物である場合には保険の適用範囲となるケースがほとんどですが、上記のように他者の私物であった場合には補償対象外となります。いずれの場合でもベッド周辺にはできるだけ物を置かないよう、患者さんや家族に注意を促すことも大切です。
適用外事例3:事故に起因する治療目的が美容のみである場合
- レーザー脱毛で熱傷を負わせてしまった
- 患者さんからのアフターケアに関する質問に誤った回答をして創部の腫脹が残ってしまった
上記のような美容目的の医療行為の場合は、看護職の賠償責任保険の適応外となるケースがほとんどです。ただし、具体的な補償内容はサービスによって異なるため、加入先に確認してみましょう。
過去に看護師が関わった裁判と賠償事例
看護師が関わった医療事故から、裁判や賠償請求に発展した事例は多く存在します。本章では、実際に賠償請求につながった過去の事例を紹介していきます。
事例1:滅菌精製水とエタノールの取り違えによる死亡事故
人工呼吸器で加湿に使用する滅菌精製水を、担当看護師が消毒用エタノールと取り違えたことによる死亡事故がありました。死亡原因はアルコール中毒で、看護師や病院側に責任があると訴えられたケースです。
容器のラベルにエタノールと表示されているにもかかわらず、確認を怠ったことが原因だと考えられます。エタノールを患者さんの病室に持ち込んだ看護師のあとに引き継ぎを受けた看護師も間違いに気づかず、約53時間にわたってエタノールを吸引させ重大な事故となりました。関わった看護師2名へ、各々1,406万9360円の損害賠償請求へ発展しました。
事例2:せん妄患者の抑制による負傷事故
数日にわたって夜間せん妄の症状の対応に追われ、抑制をした際に負傷させてしまったケースです。複数の看護師で声をかけたりお茶を飲ませたりして落ち着かせようとしてもベッドから起き上がろうとする動作が頻繁に見られ、転倒予防にミトンを用いてベッドに括り付ける抑制行為を行いました。
しかし患者さん自身が口でミトンの紐をかじって外したことで右手首皮下出血と下唇擦過傷を負うこととなり、対応した看護師へ損害賠償の支払いを求めました。ただし、本件は患者さんの受傷防止のためにやむを得ないと認められたため、患者側の訴えは棄却されました。
参考:主文|裁判所
事例3:介助なしで入浴させたことによる死亡事故
両変形性膝関節症の手術・リハビリ目的で入院していた患者さんが、看護師の介助や充分な説明なしに入浴したことで全身の熱傷で死亡した事故です。看護師は患者さんを浴室に誘導し、「なにかあったらナースコールを押してください。鍵は閉めないように」という説明のみで浴室を後にしました。
およそ40分経過してから患者さんの様子を見に行くと、蛇口からは55〜56度の熱湯が注ぎ込まれ浴槽内で身体の90%に火傷を負い、心肺停止・意識不明の状態で発見されました。湯の温度調整含め、浴室の使用に関する説明がなかったことが原因で発生した事故として看護師らの責任が問われ、1,925万円の損害賠償請求に発展しました。
参考:平成21年第1651号 損害賠償請求事件(医療)|裁判所
保険適用の手続きと賠償金支払いまでの手順
保険担当者への相談から実際の支払いまでには多くの手順を踏まなくてはなりません。事故発生から保険適用のために必要な手続きや賠償金支払いまでの流れを解説します。
なお、本章で紹介する内容はあくまで一つの事例であり、事故内容や加入する保険によって流れは異なるので注意しましょう。
事故発生から賠償金支払いまで何をする必要がある?
加入中の保険会社による賠償金支払いまでの基本的な手順は、主に以下の通りです。
1:保険担当者に相談
医療事故が発生し患者さんや家族から看護師の法的責任を問われた場合、まずは上司へ報告します。病院組織としてではなく個人の問題として対処することになったら、速やかに保険会社に事故報告の連絡をし、今後の対応を相談しましょう。
2:事故報告書の提出
保険会社へ連絡・相談すると、事故報告書の提出を求められます。事故の詳細を記録する必要があるため、事故発生前後の状況を含め、覚えている間にあらかじめ記録しておきましょう。場合によっては看護記録やカルテの提出が必要なこともあります。
3:事故審査委員会による審査
保険会社に詳細が伝わると、事故審査委員会によって看護師の過失の有無や責任割合、損害額に関して審査が行われます。看護業務に精通する看護管理者、看護有識者、弁護士等が参加し行われるものです。
4:看護師個人の責任の割合・賠償額の検討
審査によって看護職に責任があると判断された場合に、責任の割合や賠償額の検討が行われます。被害者側の患者さんにもある程度の過失があると認められた場合は、すべての責任を問われないこともあります。
5:保険金請求に必要な書類を揃えて提出
賠償額が決定したら、保険金請求を行います。保険金請求に必要となる書類には、保険金請求書や事故発生当初の診断書などの証拠書類が挙げられます。ほかにも戸籍謄本や印鑑証明書などの本人確認書類となるものも必要な場合があるため、保険会社の指示に従って所定の日時までに用意しましょう。
6:保険会社より賠償金の支払い
保険金請求が完了したら、保険会社より30日ほどで送金されます。ただし、特別な照会または調査等が発生するケースでは、支払いまでの期間が延期となることもあります。
看護師が医療事故を防ぐための3つの対策
まずは訴訟の当事者とならないよう、日ごろから医療事故やミスを防ぐことが大切です。看護師が医療事故を防ぐための対策としては、正確性の確認やチーム間での報連相の徹底などが挙げられます。本章では看護師ができる対策を3つに分けて解説します。
対策1:「6つのR」の確認を徹底する
看護師個人の医療ミスを防ぐためには、「6つのR」の確認を徹底しましょう。「6つのR」とは以下を指します。
- Right Patient(正しい患者)
- Right Drug(正しい薬剤)
- Right Purpose(正しい目的)
- Right Dose(正しい用量)
- Right Route(正しい用法)
- Right Time(正しい時間)
医療現場においてとくに起こりやすいミスが、薬品の誤投与です。急いで処置を行っている場合や、業務に慣れてきたタイミングで起こりやすく、重大な医療事故につながる可能性もあります。
投与する患者さんが間違っていないか、なぜその患者さんにその薬を投与するのか、投与前にいったん手を止めて確認するだけで防ぐことができます。重大な事故を招き、看護師としてのキャリアや自身の大切な時間を失わないよう、確認を徹底しましょう。
対策2:上司や医師への「報連相」を徹底する
医療ミスを防ぐことはもちろん、先輩や上司、医師への適切な「報連相」は円滑な業務遂行に必要不可欠です。朝・夕の申し送りや医師への定期報告のタイミング以外にも、少しでも患者さんに異変を感じたら迷わず報告します。
患者さんの状態に応じて対処したケアや処置後に落ち着いた場合も、念の為伝えておくことで重大な異変への発展を防ぐことができたと考えましょう。
看護師は一人ではなく、チームで患者さんを診ています。細かな報連相によって、チーム内の認識をすり合わせることができ、安定した看護を提供できるでしょう。忙しい業務のなかでは伝えるべき情報を取捨選択してしまいがちですが、すべての情報を漏れなく伝えることが重要です。
対策3:主観にとらわれず客観的に判断する
患者さんと関わる際には、憶測や決めつけで判断しないようにしましょう。とくに不確かな事柄に対しては、確実性を追求する習慣をつけなければなりません。
たとえば「朝は少し気分が悪そうだったけど、夕方になったら顔色もよくなったから問題ない」と決めつけることは危険です。その患者さんが朝に気分が悪くなる原因としては何が考えられるのか、原因を深堀りしてアセスメントすることで、重大な異変に気づける可能性もあります。
看護師として安心して働くために保険加入を検討する
看護師の業務範囲は幅広く、個人で法的責任を問われるケースが増えています。看護師として医療事故を未然に防ぐことは大前提ですが、万が一の事態に備えることも大切です。就業時には、看護師個人の賠償責任を補償する「看護職賠償責任保険」に加入しておくと安心です。
ナース専科においても同様のサービス「看護師賠償責任保険」を取り扱っています。自分にあった保険制度への加入を検討しましょう。
引用・参考
4)平成21年第1651号 損害賠償請求事件(医療)|裁判所
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この記事を書いた人村上舞
- 帝京大学医療技術学部看護学科を卒業後、医療法人徳洲会 湘南藤沢徳洲会 整形外科病棟勤務に勤務し、整形・脊椎外科の急性期看護を経験。以降は、循環期病棟、呼吸器内科病棟、回復期病棟で勤務。出産を機に退職し、特養やデイサービス、クリニック、健診センター等など幅広い施設での経験を活かし、ライターとして活動中。